ぶった斬りアンサー ⇒ まるで学校英語を全部マスターしてるような口ぶりですね。


「中学〜高校と最低6年は英語を勉強してるのに日本人は英語が話せるようにならない、これは学校英語、受験英語が悪いからだ!」

 

この煽り文句で今までどれだけ多くの本が出版されたことでしょう。残念なことに、それらの本は日本人の英語力向上に何の貢献もしていないどころか、多くの英語学習者を間違った方向にミスリードしてしまっています。

 

ご存知の方も多いと思いますが、最近の学校の英語教科書はコミュニケーション重視の方向に舵を切っていて(切り過ぎてる部分もありますが)ちゃんと会話で使える表現が増えてきています。ネイティブの監修も入っているので、全く使えない英語を教えているなんてことはあり得ません。「This is a pen.なんてネイティブは言わない!」みたいなタイトルを見ると「自分が英語できないのは使えない英語しか教えてくれなかった学校が悪い!」と尻馬に乗って責任転嫁できる気がするんでしょうね。実際は「This is a pen.」が使われる文脈なんて
A:Can you pass me that pencil?
B:No, this is a pen.
みたいにいくらでも思いつくし、そもそもこの例文は「This is a pen.」という文をそのまま暗記するためにあるのではなく、「This is XX.」の形を覚えて XX に状況に応じた色々な名詞を当てはめることで学習者の表現の幅を広げることがそもそもの目的です。

 

ただ、もっと重大な勘違いがここにはあります。

高校までで教えている内容、特に文法事項は基本中の基本で、英語圏の学校では小学校低学年程度で身につけるようなことしか習ってないんです。英文法のラスボスのように扱われている仮定法は日常会話で普通に出て来るし、分詞構文は簡単な小学生用の本でも文法的な注釈もなく遠慮なしに使われています。

 

英文法には限りがあります。そして、日本の高校までで標準的に習うものでほぼ全てカバーされているといっても過言ではありません。やり直し英語で本気になれば、3ヶ月もあれば隙間時間で全部復習できます。学校英語に責任転嫁する前に、たかが文法程度、全部とっととマスターしてみてください。ここがスタートラインです。

 

英語の本当の奥深さはその先にあります。文法を完全マスターしても英語を使えるようにならないのは、その先にボキャブラリー、コロケーション(どういう文脈でどの単語やフレーズを選択するか)といった無限の世界が控えていて、学校英語ではそこに十分踏み込めるほど時間を確保できないことに根本原因があります。他の教科もあって学校が英語の授業に費やせる時間は簡単に増やせないので、足りない部分は学習者自身が実際のインプットとアウトプットを通して体で覚えていくしかないんです。その過程で英語が知識としてだけでなく本当に使いこなせるコミュニケーション・ツールになっていくんですが、ここが本当に重要なところであるからこそ、それを身に付けている時に文法の知識不足なんていう初歩的な段階で立ち止まってしまう、足を引っ張られてしまうのは非常にもったいないです。

僕は30年も前の日本の英語教育を受けて育った人間ですが、今海外の現地企業で働いていて学校英語が全ての基礎になっていることを実感しています。学校で習ったことで損になったことは一つもない、と断言できます。もちろん学校英語の土台の上に相応の時間と訓練を積み重ねてきたから使える英語を身につけられたことは言うまでもありませんが、もしこの基礎がなければ今海外で働いていることはなかったでしょう。

 

僕は英語学習をよく柔道に例えます。英文法は柔道でいう「型」、つまり基本的な体捌きや足の運びや受け身にあたるものです。型を知っているだけでは試合に勝てないのでより実践的な乱取りや試合で実力をつけていくわけですが、型を知る前に実践を始めてしまうと我流になって必ず早い段階で頭打ちになり上達はストップします。受け身を知らずに試合に出ると大怪我をすることだってあります。基礎をさっさと身につけて、早く試合に出れるようになってください。